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| ある一つの価値観 |
いきなり命題。
1.自分のために生きることの幸せ 2.他人のために生きることの幸せ
どちらが良い価値観なんだろうか。
善悪という判断の仕方が適切かどうかは別途考える必要はあると思いますが、 人生を歩む指針として上記はよく考える必要があるのかもしれません。
人によっては他人のために生きることで充実感を得たり、成果を残したりするかもしれませんし、 その逆もあるかもしれません。 それは人それぞれの性質ごとに違うだろうと思います。
では、一般論的には人類はどちらの方がベターなのでしょう?
っと、ここまで書いておきながら大事な目的を忘れてました。
これを考える目的は、地球全体にとってより良くするためです。 まずは目的の範囲を小さくして考え始めたほうがやりやすいと思います。
これを考えることで、人間同士で解決できる問題が明確になるといいですね。
とある生活保護世帯の収入のほうが、毎日多くの時間を労働に費やしている世帯のそれよりも 多い事例があるようです。 また、若い頃から年金を支払わずに、老後になって生活保護の収入で暮らす手段が 明らかになっています。 利権について、もっと知識と意識が必要ですね。
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| 新型インフルエンザの状況と対応は? |
東京、大阪では感染者の発見報告がなされているが、 他の地方では検査の実施が思うように進んでいないのが 実状ではないだろうか。
すでに4月〜5月にインフルエンザによる学級閉鎖が発生している学校が 九州にも北海道にもある。
今は誰が悪いのかという責任追及よりも どのように対応していくかを論じる方が有益だと思う。
ただし、今回の新型インフルエンザは弱毒性ということなので、 少し不安を和らげる要素ではあるが・・・
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| 究極の不景気対策 |
100年に一度と言われる昨今の不景気、 その対策として定額給付金、税制変更、政府紙幣発行などの様々な対策案があり、 それらのメリット・デメリットを議論することが多くなりました。
世界各国でも同様の対策案があり、 すでに実行に移している国もチラホラ出てきています。
今回の不景気は様々なデータから推測すると、 とてもない実体の不景気だと感じることが出来ますが、 その大きさは誰もわからないままです。
けれども、みんなで乗り越えなくてはなりません。 自分だけ助かればいいやと考えることは残念な気がします。
そもそも人間は大昔から群れを作って、お互いに助け合いながら生きてきましたが、 いつ頃から個人さえ良ければという風潮になってきたのでしょうか?
確かに、資本主義・共産主義という視点で見ると、 何も頑張らない人と一生懸命に頑張る人とが同じ給料であるのは納得できませんが、 立場が違うと言うだけでこの不景気の負担を偏らせてしまうのも納得出来ません。
けれども、この雰因気のままであれば資産に体力のある人しか生き残れないサバイバル戦と なるような気がします。
何万年という時を経て、人類が得たのはこのような弱肉強食の世界だったでしょうか。
今回の不景気の対策として、私は「助け合い」を提案します。
衣食住に困っている人にシェアできるものはシェアしていくことで、 トータル的なセーフティーネットを構築することが出来るのではないかと思います。
もちろん、お互いに信じ合える信頼感が必要になります。 それは最低限必要な条件となります。 けれども、その恩恵として、助けられている人には「自分に何かできることはないか?」、 「与えられた仕事はやり遂げたい」というような意識が芽生えるのではないでしょうか。
今、何のために生きている、働いている、頑張っているのかと常に問い続ける人が多いと思いますが、 「他人のために」ということが理由にあっても良いのでは、むしろ大昔はそういう家族や村、町という環境であったから、 これまで人類が栄えることが出来たのではないかと私は思います。
だから、基本に立ち返って「助け合い」を再認識する必要があると思います。
残念ながら、大昔はそういう身内に対しては助け合いながら生き延びてきましたが、 他民族などに対しては攻撃をし、食料や資源などの奪い合いをしてきました。 しかしながら、それは今の人類でも同じ性質のままであり、 進化はしていないのではないかと感じてしまいます。
助け合うというたった一つのこと、 だからこそ、他人のために何かをする・働く・頑張るという意識があれば、 人間はもっと強くなれるのではないかと思うのです。 そして、この不景気は経済的な問題だけでなく、 人間の精神までも蝕んでいるようですから、 なおさらそういうことが重要だと感じずにはいられません。
もしかしたら、不景気を感じる心をケアしたら、 問題を解決出来るのかもしれません。 まずは身近にいる人を大事にしていくことから。 変わっていきませんか。
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| 漫画「みゆき」 |
1980年代にあだち充が発表した漫画『みゆき』。 主な登場人物は若松真人、若松みゆき、鹿島みゆきで、 真人は若松みゆきの兄だが血縁関係にはなく、 妹のみゆきはかわいくて成績優秀で快活な性格で兄を慕っている。 鹿島みゆきは真人の同級生で、大人しくはあるが美人で成績優秀な恋人だ。
なお、若松兄弟の父親は海外勤務のため、常に不在であるため、 家には兄と妹の2人暮らしとなっている設定だ。 (詳細はWikipediaなどを参照)
この漫画の良いところは『優しさ』と『思いやり』。 父親が航空機事故に遭い、行方不明となった時、 真人は一人で妹の面倒を見る覚悟をするシーンは特徴的で、 このような非常に心地良い見所が随所にある。
逆に悪いところは、無茶な設定やストーリー展開がままある。 (例:あばれ牛の登場、妹と恋人の誕生日が同じ日である事など)
また、この漫画の重要な要素に愛情の種類がある。 若松兄妹は時に優しく、時に手厳しいやりとりもあるが、 妹を思う兄の気持ちは兄妹愛なのか?恋愛感情なのか? 読者は常に恋愛表現をしない心理描写にやきもきするはずである。
この真人は妹に対して常に兄の立場を堅持しているが、 実は妹のみゆきも同様であり、 さらに、兄と血縁関係にないことを既に知っている妹みゆきの立場を考えれば、、 思い悩んでいるのは兄真人だけでないことに気づき、 この漫画をより深く楽しめる要素があると思う。
しかしながらこのストーリー上、 いつかは兄真人は妹と恋人のどちらかを選ばなければならない。、 その苦悩は終盤にやってくる。 そして、どちらをどのように選ぶのかと見ている時のもどかしさは 東京ラブストーリーと似たシチュエーションのようであるが、 最終的に兄真人は妹を選ぶ。
恋人を失う大きさよりも妹を失う大きさの方が大きかったのだろうか。 愛情だけでなく、 いつも一つ屋根の下で暮らしていたせいか、 良いところも悪いところも知り尽くした関係という愛着、 そして、お互いの幸せを願う思いやりなども 入り混ざった感情の総和が大きかったのではないかと思う。
最後はこの兄妹は結婚することで終わりとなるが、 この漫画で随所に見られる思いやりに心が温かくなる。 1980年の漫画と言えども見ていて気持ち良くもあり、 そうでありたい姿を表現している。
だから、私はこの漫画が好きだ。
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| 報道 |
ある人の言で面白い言い回しがある。
「教育とは何を教えないか、である。」と。
これは、他のことにも言えることだ。
例えば、マスコミ報道。
先日起きた四川大地震では、被災者の救出シーンのみ報道せよとの通達が政府からあったそうだが、
そのような報道はどこでも見かけるようになったような気がする。
ある人達はそれに気が付かないけど、それはネットなどでの訓練が必要だと思う。
たくさんの情報に触れるよりも、どういう情報が自分にとって必要なのか
鋭い判断力が求められる社会になっている。
価値のある情報ほど表には出てこない。無料では出てこない。
自分で時間をかけて探し出すか対価を支払う、信頼関係の人から聞き出すくらいだろう。
一方、悪い情報ほどたやすく入手しやすいとも言える。いや、囲まれていると言っても良い。
その中で、どの情報が必要で不必要かを判断できるようになるには、
自分で体得するかないだろう。
一体誰が教えてくれるのか。
学校では勉強のことは教えるが、人生の歩み方は対象外だ。
これから将来の日本は大丈夫なのだろうか?
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